So-net無料ブログ作成
検索選択

河童の徳利 前編 [小説]

「キザクラ、オオゼキ、クボタ! 
出かけるから付いてきなさい」
ふんわりとした髪を、
頭のてっぺんで組みひもで結わえた音音が言い放つと、
後ろも見ずに玄関を出ていく。
150117i1 のコピー.jpg
車寄せに停まっていた黒いリムジンの前に立つと、
どこからともなく3人の黒づくめの男が、
忽然(こつぜん)と現れた。
黒縁セルロイドのサングラスに黒いソフトフェルト帽をかぶり、
細身の黒いタイを締めた黒スーツ姿は、
いかにもボディーガード然としている。
一人がドアを開いて、
音音の頭がドアのフレームに当たらないように手をかざすと
音音が最後部の座席に乗り込んでいく。
ドアを開けていた男は助手席に、
もう二人は音音に向かい合うようにして着席する。
「茅ヶ崎の大曲へ」
「---!!!」
すでに乗り込んで居たドライバーに、
行き先を告げる音音の一言を聞いた黒ずくめ3人が、
声にならない声を上げた。
「あら、どうかした?? 
もしかして、河童のお宝でもあるのかしら?」
3人はダラダラと汗を流しながら、
うつむき加減にお互いアイコンタクトを取っている。
「まさかとは思いますが、
河童の徳利(とっくり)の話をお聞きになったんですかい?」
リーダー格のキザクラがおそるおそる尋ねると、
「よく知ってますわね。
その通りですわ。
少しだけ底に残しておけば、
再びお酒でいっぱいになっているという河童のとっくり。
それを手に入れに行くのですわ」
と事もなげに答えた。

3人にとって主人筋とはいえ、
まだ中学生か高校1年生にしか見えない音音。
なのに、
怪しげな光がともるかのような眼光で周囲の3人を完全に圧倒している。
「しかしありゃ、
随分昔に徳利の底を3回叩かれて、
お酒は打ち止めになっているハズで…」
何百年も前に、
河童を助けてくれた人にお礼として出したという徳利は、
いわくつきの代物だけに、
河童の手元に戻っていた場合、
おいそれとは出してくれないかもしれない。
その場合眷属と事を構えなきゃならないかもしれない…。
そう思うと気が乗らない3人なのだ。
「そんなものはサンプルさえ手に入ればかまわないですわ。
我が化野家の財団ラボで解析できるのですわ。
データが取れれば持ち主に返しても返してもかまわないし」
そういわれて少しほっとする河童たちに満足したように
音音が話し続ける。
「もしそれが私の予想通り空中元素固定装置なら、
なんでも作り出すことができるのですわ!
つまり食材はすべてタダ! 
日本の外食産業は私の”道楽チェーン”の前に跪くことになるのですわっ!」
高笑いする音音を余所に、
何でも作り出せると聞いた3人が目の色を変えた。
「俺だったらやっぱり酒だな」
「いやなんでも出せるんだぜ! 
俺だったら女だ。絶対女を出してもらうっ」
「お前らアホか! そんな凄い装置だったら金だろ。
そしたら酒でも女でも買い放題だせ!」
「おお~~っ!」
それを聞いていた音音が、
「これだから河童は浅はかだというのです。
お金など大量に出したりしたら、
その国のプライマリーバランスが崩れて、
ハイパーインフレになって酷い目に遭いますわ。
マテリアルを出しても、価格の暴落を招きますわ」
と軽蔑仕切ったような目でつきで見ながら言い放った。
「さすが音音お嬢様だ--
難しすぎて何言われたかさっぱりわからん」
「俺もだ」
「異議無し!」
「でも音音さまの言うこと聞いとけば間違いないしな」
「ああ」
「異議無し!」
よく分からないのに納得している風なのは、
これまでに音音に何度か逆らった経験則から、
言うとおりにした方がいいということを学習しているかららしい。
「とにかく! 河童の徳利が欲しいのですわ」
音音はそう言うと、
徳利の特徴を書き込んだ紙を拡げて見せる。
<五郎左衛門の河童徳利  
高さ七寸(約二十一センチ)、
底四寸(約十二センチ)の約三合(約500ml)徳利。
口のところが少しかけているらしい>
「大曲に居るのは、あなた達の眷属なのでしょう? 
現地で聞き込みして、この徳利を見つけてちょうだい! 
見つけ出したモノには<生産者の顔が見えるブランドキュウリ>の
一生食べ放題券を差し上げますわ」
その一言を聞いた3人の目つきが、サングラス越しにも変わるのが分かる。
「お嬢様、到着いたしました」
程なくリムジンが現地に着くと、
3人が徳利を求めて脱兎のごとく掛け去って行った。
   
                    後編に続く

河童の徳利 後編 [小説]

「無いなぁ…」
「オレの河童仲間も、
支流のこの辺には殆ど住んでないし…」
「頼みは親戚が上流にいるって言ってたオオゼキだけかー」
どれだけ探し回ったのか、
がっくりと肩を落としたキザクラとクボタの2人が、
すっかり暗渠(あんきょ)になってしまっている旧河川の上の道をとぼとぼと歩いていた。
すると、前方に煌々とと居酒屋らしい店の明かりが見えてくる。
「なあちょっとあの赤提灯で休憩しようぜ」
「行こう行こう!」
ガラガラと引き戸と開けると、
「良く来た」
と元気な--というか高圧的な女の子の声が迎えてくれる。
「とりあえずビール! 
と行きたいとこだが、こう寒いとな…」
「じゃあ、熱燗か」
「いや、飛切燗で!
あともろきゅう2人前ときゅうりの酢の物とキュウリスティック…
ズッキーニフリッター1皿……」
2人は、店の奥まった席に居場所を定めると、てきぱきと注文していく。
「--ホントにあんのかな?」
「お嬢も人使い…いや河童使いが荒いからなぁ…」
「元をただせばキザクラがお嬢に相撲で負けたのが始まりで…」
「面目ない…」
「あんとき尻小玉を抜くどころか玉も潰されちまって」
「あ…クボタ…てめぇ…言ってはイカンことを…」
すわ険悪なムードになりかけたところに割って入るように、
ダンっと机の上にもろきゅうが置かれる。
150124j1 のコピー.jpg
「ケンカはしないの」
にっこりと微笑んだのは、
音音よりも年若に見えるふわふわな栗色の髪をした外国人の女の子だった。
しかしその浮かべた微笑みには、
年齢とは不相応な、見る者をゾクリとさせるようなすごみがあった。
「は…はい……」
その少女がお酒とおつまみを置いて去ると、
2人は額を寄せ合って、ぼそぼそと話し始める。
「おい、今のヴォスネセンスキー鬼兵団の…」
「ああ…タチアナ…いやアナスタシア皇女大佐だっけ? だよな…」
「そいえば回りも赤鬼ばっかだ…」
それとなく周囲を見回せば、
ロシア人と思しき男達が、
数人づつテーブルに着いてちびちびとウォッカを舐めていた。
現在は敵対関係にないとはいえ、
この連中、
もともとはれっきとした軍隊。
しかも帝政ロシア最精鋭部隊と評判が高かっただけに気を抜けない。
「どうする…」
キザクラがそう囁いたとき、
店の前に車が急停止するブレーキ音が響いた。
次の瞬間、店の戸がガラッと開くと、
慌てふためくキザクラたちを余所に、
音音がズカズカと入って来た。
「しまったスマホのGPS機能切るの忘れてた…」
「クボタ! てめえアホかっ!」
「居酒屋で油を売ってるということは、
河童の徳利は見つかったんでしょうね?」
「うわー、しーっっ!」
キザクラが後ろから音音にしがみついて口を押さえると、
オオゼキが耳元で、
「ここ、ヴォスネセンスキー鬼兵団の居酒屋らしいんで…」
ヒソヒソと話して聞かせる。
口を押さえられ、
一瞬『無礼者!』と激怒しそうになった音音がはっと回りを見回すと、
クボタの言う通り、
ヴォスネンスキー鬼兵団の連中が、
それとなくこちらを伺っている。
--分かったという印に頷くと、
音音を押さえつけてるキザクラの腕がほどかれる。
「ここはひとまず退散したほうがよさそうですわね…」
音音がそう呟いて、
踵(きびす)を返そうとするのと、
それに気付いたアナスタシアが声を掛けてきたのはほぼ同時だった。
「あっ! 音音っ!」 
「……あ…あ…あ…ア…アナスタシアさん、ごきげんよう」
ひきつった笑いで挨拶する音音に、
「こんなとこで何を……あっ! 
まさかもう徳利のことを聞きつけて来たの!?」
と言ったアナスタシアは、
はっと気づいて慌てて口を塞いた。
一気に劣勢を挽回した音音がニヤリと笑うと口を開いた。
「ふうん…すでに見つけていたのですね。
私たちもそれを探しておりましたの」
そう言った音音はぐるりと店内を見回してから、
さらに続ける。
「見れば、大食漢で大酒飲みの部下たちを大勢抱えて大変なご様子。
--どうでしょう、その徳利、
1億円ほどでお譲りいただけないかしら」
「……うっ…私たちもやっとのことで手にいれた徳利なわけで、
これから一儲けしようと思ってたとこだし…」
渋るアナスタシアに、
「分かりましたわ! 私と貴方の仲ですもの。
今回は駆け引き無しの利益度外視で買わせていただきますわ!
---キャッシュで5億円ならどう? 
さすがにこれ以上は費用回収の目処がたたないので、
ビタ一文出せないですわ」
と言ってにっこりと笑った。
一瞬逡巡してから、苦虫を噛み潰したように、
「――売った!」
と吐き出すアナスタシア。
「…本業の傭兵とはあまり関係無いし、
繁華街とは程遠い場所で、
居酒屋を生業とするのは鬼兵団の得意とするところではないわ!
5億円あれば、これを元手に東京で警備会社を立ち上げて、
ゆくゆくはPMC(民間軍事会社)へ転身も…ふふふふ」
妄想をふくらませてにんまりと笑うアナスタシア。
「交渉成立ですわね」
音音がパチンと指を鳴らすと、
ジュラルミンケースを5つ持ったドライバーが店の戸を開けて入ってきた。
ケースをカウンターに置いて、バチバチと蓋を開けていく。
そこには化野銀行の封緘(ふうかん)のついた諭吉の束が整然と入っていた。
「さあ、徳利をくださいませ」
アナスタシアも後ろにいた男に目配せすると、
男は店の奥から徳利の入ったケージを持って来て、
音音の前に置いた。
「捕まえるのに苦労したんだから、
取り扱いには注意してね」
「? なんか狸っぽい感じがする徳利ですわね」
”徳利を捕まえる”と言われた音音が、
日本語がうまいとはいえ所詮(しょせん)はロシア人、
何かの比喩(ひゆ)として使っているのかと当惑して聞き返すと、
アナスタシアはきょとんとした顔で聞き返してくる。
「そりゃ狸の徳利だから当然でしょ?」
「た、狸の徳利?」
「これを見世物にして、一儲けしようって魂胆でしょ?」
そう言った矢先、
ケージの中の徳利の胴体の一部が膨らむと
それは狸の手足になり、
注ぎ口から狸が顔を出す。
「なっ!? 何ですのっ!?」
「だから、狸同士の変身合戦で
もとの狸の姿に戻れなくなった徳利狸だってば…」
なにを分かりきったことをという顔でアナスタシアが答えると、
「これじゃないですわっ!
私が欲しかったのは河童の徳利ですわっ!!」
音音が興奮気味に立ち上がってさらに言い放った。
「この取引は無しにさせていただきます!」
「なっ!? ふざけないで!
口約束でも契約は有効でしょっ!
大人しく徳利を持って帰って!」
アナスタシアもそう言って立ち上がると、
「それとも我等ヴォスネセンスキー鬼兵団と一戦交える覚悟?」
と凄むと、店中のロシア人たちがのっそりと立ち上がり、
一気に剣呑(けんのん)な雰囲気になる。
「そんな脅しに屈する私ではないですわ!
キザクラ、クボタっ!」
ふられたキザクラとクボタが、
青い顔で反駁(はんばく)する。
「音音さまっ! 
この状況はいくらなんでも分が悪すぎますよ」
「三十六計逃げるが勝ちという諺(ことわざ)もありますし…」
完全に腰が引けている二人が
興奮する音音の腕を両側から押さえても、
その怒りは一向に収まる気配はない。
「馬鹿なの死ぬの!? 
あなたた本当に私のボディーガードですか? 
それでも河童の端くれなのですか?」
「無茶な事をお止めするのも
ボディーガードの仕事だと思っておりやすんで。
運転手さんよ、その狸のケージ貰って来てくれよ」
「部下の方がキチンと状況判断できるようね。
2人の飲み代はサービスしておくから
ほら、コレ持ってとっととお帰りなさい」
ドライバーがケージを受け取ると、
「じゃ、そういうことで」
と挨拶したキザクラが周囲に気を配りながらドアに近づいていく。
「放せ--っ!」
いきり立た音音が叫んだ刹那、
店の戸がガラガラと開いて、
オオゼキが入ってきた。
「お嬢、ありましたよ
河童の徳利っ!」
「!!!!!!」
店中の人間(含む河童)が驚く中を、
まったく空気を読まないオオゼキが、
徳利を両手の上に乗せて音音の方に近づいていく。
「ウチの遠い親戚のとこの神棚の御神酒(おみき)入れになって…
あっ…!」
椅子の脚に足を取られたオオゼキの手から
徳利がこぼれ、スローモーションのように床に落ち、
徳利は、こっぱミジンコに砕けちった。
「…ああっ!」
その場にいた全員が嘆息するなか、
すでに大人しくなっていた音音が
がっくりと膝を落とす。
「お、お嬢…ご…ごめんなさい…」
少しの間、
徳利の破片を見つめていた音音だったが、
すっくと立ち上がると、
「形在るモノはいつかは壊れる--
仕方ない、とりあえず、狸の徳利で
大もうけする方法を考えるのですわ」
と言うと扉の方へすたすたと歩き出した。
「音音、スパシーバ(ありがとう)。
私たちも東京でまずは警備会社を立ち上げるわ」
「赤鬼たちを飢えさせないようにせいぜいがんばるといいですわ。
では今度は東京でお会いましょう」
「ダ スヴィダーニャ(さよなら)」

河童の徳利の仕組みを解析して、
食材出し放題という野望をくじかれた音音は、
がっくりとしてるかと思えば、
帰りの自動車の中で徳利狸を眺めながらにやにやしていた。
「あねさん?」
不審に思ったキザクラが尋ねると、
「徳利狸を解析すれば、
きっと変身能力が使えるようになるのですわ」
「さすが音音様、
転んでもただでは起きない」
と感心することしきりなキザクラたちだったが、
音音の心算通りには行かなかった。
連れ帰った徳利狸を化野財団のラボで詳細に解析したものの、
残念ながら変身能力を解明するにはいたらず、
一部光学迷彩への応用がきくノウハウだけが手に入った。
軍事産業へパテントをライセンスでもすれば、
大もうけすることは可能だったろうが、
戦争を助長するだけと考えた音音は、
旧自衛隊に製品化した光学迷彩カッパを貸与するに留めた。

5億円も掛けて手に入れた徳利狸は、
道楽グループが金沢八景に新たに建設した
そば処
「ぶんぶく変身♪ 狸徳利道楽」の公式ゆるキャラとして投入され、
<このとっくりに入れたお酒をカップルで飲むと、
恋愛成就間違いなし>
という都市伝説的な噂を様々な媒体で流した結果、
カップルを中心に大変な人気を博している。
また、
音音があのとき木っ端みじんになった河童徳利を見て思いついたアトラクション、
そばつゆを入れる河童の徳利を
帰り際に巨大な的に向かって思い切り投げつけて
木っ端みじんにするストレス解消アトラクション『おちょこブレイクスロー』も話題になり、
待ち時間が2時間はザラという人気店に成長していた。
施設建設にかかった費用をリクープする日も
そう遠くはないようだった。
おしまい